「環境で経済成長を」 ヨーロッパの新戦略

「環境で経済成長を」 ヨーロッパの新戦略
ヨーロッパで記録的な暑さとなったこの夏。フランスのブドウ畑に、一風変わった太陽光パネルがあると耳にした。ブドウ畑を覆うように設置されているという。なんだか聞くだけでコストがかかりそうだが、なぜそんなものを?取材して見えたのは、新型コロナウイルスによる危機の中で数十年先を見据えるEUの戦略だった。

一石二鳥の太陽光パネル

その太陽光パネルはフランス南部ヴォクリューズ県にあった。地面から4メートルの高さで、屋根のようにブドウ畑を覆っている。

この太陽光パネル、発電するだけでなくもう1つ機能がある。ブドウを強烈な日ざしやひょうなどから守るのだ。畑に設置されたセンサーで気象状況をリアルタイムに観測し、AI=人工知能がパネルを最適な角度に傾ける。

近年、フランスでは温暖化でブドウの生育に悪影響が出ているが、このパネルを設置すれば、夏場には最大で地表の温度を3度抑えることができるという。品質や生産量を確保したい農家にとって朗報だ。

国の政策が後押し

パネルを開発したのは、フランス・リヨンに拠点を置く会社で、10年以上の研究を重ねたという。

取り組みを後押ししたのが、フランス政府がことし4月、コロナ禍の中で拡充を発表した「固定価格買い取り制度」。再生可能エネルギーで発電された電力の価格を一定期間、国が保証するもので、年間最大6000億円を充てる。この会社の太陽光パネルだと30年で元がとれる計算になるという。

売電で投資が回収でき、さらに農業の生産面でもプラスになるということで関心を寄せる農家は増えている。

会社では5年後に合わせて2000ヘクタールの農地に設置すると意気込む。目指すのは、原子力発電所1基に相当する100万キロワットの発電量だ。

広がる「グリーンリカバリー」の議論

新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ世界経済。各国が巨費を投じて立て直そうと模索している。この中で注目されているのが、「グリーンリカバリー」の議論だ。

経済をただ元の状態に戻すのではなく、この機に環境保護の観点から社会や経済の在り方を根本から変えよう、温暖化対策をしながら経済再生を目指そう、という取り組みだ。

EUの挑戦

特に議論が盛んな地域がEU=ヨーロッパ連合。新型コロナウイルスの影響でことしの経済成長率が域内全体でマイナス8.3%に落ち込むと予想されている。

そのEUはことし7月、経済再生に90兆円余りを投入すること、そのおよそ3分の1をグリーンリカバリーに充てることで合意した。

資金はEUとして債券を発行し、市場から調達する。EU加盟国が共同で巨額の債務を負う史上初めての試みで、うまく回らなければ「借金」だけが残りかねない、大きなチャレンジだ。
経済界ではグリーンリカバリーへの支持や期待が広がっている。ことし5月には、エネルギーや製造業、ファッションなど幅広い業種にわたる、世界の主要な150社余りが声明を発表。

「人々の健康のためには地球も健全な環境でなくてはならない。パンデミックと気候の危機の両方に取り組むべきだ」と支持を表明し、「グリーンな経済への速やかで『公正な移行』を優先すべきだ」と各国政府に求めた。

「公正な移行」実現なるか

声明で触れられた「公正な移行」。EUにとってグリーンリカバリーの鍵となる考え方だ。「移行」とは化石燃料をやめて再生可能エネルギーへと切り替えること。ヨーロッパでもポーランドなど石炭に依存する国は少なくない。「移行」は地域経済に打撃になるとして進んでこなかったのが実情だ。

そこでEUは今回、「公正な移行」という概念を打ちだし、日本円で2兆円余りの基金を設立した。転職のための研修や、新たな雇用創出を行う、セーフティーネットのための基金だ。

「移行」で職を失うなど取り残される人を出さないという決意を示し、今度こそ化石燃料からの脱却を促そうというのだ。
「公正な移行」の真価はすぐにも問われそうだ。

ことし6月、スペインでは7か所の石炭火力発電所が閉鎖された。このうち北東部アラゴン州の発電所の跡地では、大手電力会社がヨーロッパ最大規模の再生可能エネルギーの発電プロジェクトを計画する。

ただこの石炭火力発電所、1か所の閉鎖に伴い4000人近い雇用が失われ、地元では動揺が広がっている。荒涼とした大地が広がるアラゴン州は、人口の流出が続き「空(から)になったスペイン」と呼ばれる地域だ。石炭産業に代わる産業ができるのか、雇用は守られるのか、地元の人たちの不安は尽きない。

電力会社は、発電所の解体や新しい施設の建設に地元の人たちを雇用していくとして研修を実施。プロジェクトの責任者は「将来性のない火力発電を今後、競争力を増す再生可能エネルギーに転換していくことができれば、雇用を生み、この地域の人々の暮らしを守っていくことにつながる」と力説する。

人々の理解を得ながら「公正な移行」が実現できるかが注目される。

「環境対策」でなく「成長戦略」

ここまでしてEUがグリーンリカバリーに力を入れる背景には発想の転換がある。これまでの「環境対策」ではなく、産業や経済の構造改革を進め、経済を成長させていく「成長戦略」と位置づけたのだ。

EUは域内の温室効果ガスの排出量を、2030年までに1990年と比べて少なくとも55%削減し、2050年までに実質ゼロにすることを掲げている。そして「クリーンエネルギー」「持続可能な産業」「持続可能でスマートな移動」などの概念のもと、技術革新や新たなビジネスの創出を進め、2050年までに130万人分の新たな雇用を見込んでいる。

グリーンリカバリーを進めることで世界でのEUの競争力と優位性が高まると考えているのだ。

市民からの突き上げも

もう1つ、市民からのいわば「突き上げ」も重要な要素だ、と指摘するのは、ヨーロッパの政治に詳しい北海道大学の吉田徹教授だ。

ヨーロッパでは市民の意識の高まりによって、どの政党も環境政策を重要課題として取り込まざるをえなくなっており、それをさらに加速させたのが、新型コロナウイルスの感染対策として行われた厳しい外出制限、「ロックダウン」というのだ。
吉田教授
「1970年代以降、世代を超えて環境への意識が高まってきたことで、政治も環境問題を無視できなくなった。市民に押されて、政治が動くようになった。そこにロックダウンで、例えばパリでは大気汚染のレベルが下がった、温室効果ガスの排出量も下がった。環境負荷を減らすことの大事さが目に見えた」

新型コロナがさらに高めた環境意識

フランス南部マルセーユに住むクレール・モーサンさん。フランス政府が国の温暖化対策に市民の声を取り入れようと立ち上げた会議のメンバーとして、去年の秋から議論に参加してきた。

会議は新型コロナウイルスの感染拡大で一時中断したが、4月にオンラインで再開。そこでモーサンさんは、メンバーたちがより早く、より強力な温暖化対策を求めるようになったと気がついたという。
モーサンさん
「私たちはみなロックダウンによって家に閉じ込められた状態だった。その間に食の在り方や生活様式が変えられないか試したし、環境破壊のことやウイルスのこと、子どもやその未来のことを考える時間ができた。そうしたことが環境問題への意識を後押ししたのかもしれない」

日本では

グリーンリカバリーの考え方に賛同するモーサンさんだが、うまくいくのか半信半疑の人たちも、周りには少なくないと感じている。進め方をめぐってこれからも議論は続きそうだ。

日本ではどうだろうか。

専門家からは「市民や企業の意識は変わってきているが、どう具体的な政策にするのか。中長期的なビジョンが必要だ」との指摘も聞かれる。

未来に向けて各国が種をまき始めた、グリーンリカバリー。日本でのこれからの議論にも注目していきたい。
ヨーロッパ総局記者
小島晋
ブリュッセル支局長
工藤祥
国際部記者
田村銀河
「環境で経済成長を」 ヨーロッパの新戦略

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「環境で経済成長を」 ヨーロッパの新戦略

ヨーロッパで記録的な暑さとなったこの夏。フランスのブドウ畑に、一風変わった太陽光パネルがあると耳にした。ブドウ畑を覆うように設置されているという。なんだか聞くだけでコストがかかりそうだが、なぜそんなものを?取材して見えたのは、新型コロナウイルスによる危機の中で数十年先を見据えるEUの戦略だった。

一石二鳥の太陽光パネル

その太陽光パネルはフランス南部ヴォクリューズ県にあった。地面から4メートルの高さで、屋根のようにブドウ畑を覆っている。

この太陽光パネル、発電するだけでなくもう1つ機能がある。ブドウを強烈な日ざしやひょうなどから守るのだ。畑に設置されたセンサーで気象状況をリアルタイムに観測し、AI=人工知能がパネルを最適な角度に傾ける。

近年、フランスでは温暖化でブドウの生育に悪影響が出ているが、このパネルを設置すれば、夏場には最大で地表の温度を3度抑えることができるという。品質や生産量を確保したい農家にとって朗報だ。

国の政策が後押し

国の政策が後押し
パネルを開発した会社
パネルを開発したのは、フランス・リヨンに拠点を置く会社で、10年以上の研究を重ねたという。

取り組みを後押ししたのが、フランス政府がことし4月、コロナ禍の中で拡充を発表した「固定価格買い取り制度」。再生可能エネルギーで発電された電力の価格を一定期間、国が保証するもので、年間最大6000億円を充てる。この会社の太陽光パネルだと30年で元がとれる計算になるという。

売電で投資が回収でき、さらに農業の生産面でもプラスになるということで関心を寄せる農家は増えている。

会社では5年後に合わせて2000ヘクタールの農地に設置すると意気込む。目指すのは、原子力発電所1基に相当する100万キロワットの発電量だ。

広がる「グリーンリカバリー」の議論

広がる「グリーンリカバリー」の議論
新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ世界経済。各国が巨費を投じて立て直そうと模索している。この中で注目されているのが、「グリーンリカバリー」の議論だ。

経済をただ元の状態に戻すのではなく、この機に環境保護の観点から社会や経済の在り方を根本から変えよう、温暖化対策をしながら経済再生を目指そう、という取り組みだ。

EUの挑戦

EUの挑戦
特に議論が盛んな地域がEU=ヨーロッパ連合。新型コロナウイルスの影響でことしの経済成長率が域内全体でマイナス8.3%に落ち込むと予想されている。

そのEUはことし7月、経済再生に90兆円余りを投入すること、そのおよそ3分の1をグリーンリカバリーに充てることで合意した。

資金はEUとして債券を発行し、市場から調達する。EU加盟国が共同で巨額の債務を負う史上初めての試みで、うまく回らなければ「借金」だけが残りかねない、大きなチャレンジだ。
経済界ではグリーンリカバリーへの支持や期待が広がっている。ことし5月には、エネルギーや製造業、ファッションなど幅広い業種にわたる、世界の主要な150社余りが声明を発表。

「人々の健康のためには地球も健全な環境でなくてはならない。パンデミックと気候の危機の両方に取り組むべきだ」と支持を表明し、「グリーンな経済への速やかで『公正な移行』を優先すべきだ」と各国政府に求めた。

「公正な移行」実現なるか

「公正な移行」実現なるか
石炭火力発電所
声明で触れられた「公正な移行」。EUにとってグリーンリカバリーの鍵となる考え方だ。「移行」とは化石燃料をやめて再生可能エネルギーへと切り替えること。ヨーロッパでもポーランドなど石炭に依存する国は少なくない。「移行」は地域経済に打撃になるとして進んでこなかったのが実情だ。

そこでEUは今回、「公正な移行」という概念を打ちだし、日本円で2兆円余りの基金を設立した。転職のための研修や、新たな雇用創出を行う、セーフティーネットのための基金だ。

「移行」で職を失うなど取り残される人を出さないという決意を示し、今度こそ化石燃料からの脱却を促そうというのだ。
炭鉱で働く労働者の像
「公正な移行」の真価はすぐにも問われそうだ。

ことし6月、スペインでは7か所の石炭火力発電所が閉鎖された。このうち北東部アラゴン州の発電所の跡地では、大手電力会社がヨーロッパ最大規模の再生可能エネルギーの発電プロジェクトを計画する。

ただこの石炭火力発電所、1か所の閉鎖に伴い4000人近い雇用が失われ、地元では動揺が広がっている。荒涼とした大地が広がるアラゴン州は、人口の流出が続き「空(から)になったスペイン」と呼ばれる地域だ。石炭産業に代わる産業ができるのか、雇用は守られるのか、地元の人たちの不安は尽きない。

電力会社は、発電所の解体や新しい施設の建設に地元の人たちを雇用していくとして研修を実施。プロジェクトの責任者は「将来性のない火力発電を今後、競争力を増す再生可能エネルギーに転換していくことができれば、雇用を生み、この地域の人々の暮らしを守っていくことにつながる」と力説する。

人々の理解を得ながら「公正な移行」が実現できるかが注目される。

「環境対策」でなく「成長戦略」

「環境対策」でなく「成長戦略」
EU フォンデアライエン委員長
ここまでしてEUがグリーンリカバリーに力を入れる背景には発想の転換がある。これまでの「環境対策」ではなく、産業や経済の構造改革を進め、経済を成長させていく「成長戦略」と位置づけたのだ。

EUは域内の温室効果ガスの排出量を、2030年までに1990年と比べて少なくとも55%削減し、2050年までに実質ゼロにすることを掲げている。そして「クリーンエネルギー」「持続可能な産業」「持続可能でスマートな移動」などの概念のもと、技術革新や新たなビジネスの創出を進め、2050年までに130万人分の新たな雇用を見込んでいる。

グリーンリカバリーを進めることで世界でのEUの競争力と優位性が高まると考えているのだ。

市民からの突き上げも

もう1つ、市民からのいわば「突き上げ」も重要な要素だ、と指摘するのは、ヨーロッパの政治に詳しい北海道大学の吉田徹教授だ。

ヨーロッパでは市民の意識の高まりによって、どの政党も環境政策を重要課題として取り込まざるをえなくなっており、それをさらに加速させたのが、新型コロナウイルスの感染対策として行われた厳しい外出制限、「ロックダウン」というのだ。
北海道大学 吉田徹教授
吉田教授
「1970年代以降、世代を超えて環境への意識が高まってきたことで、政治も環境問題を無視できなくなった。市民に押されて、政治が動くようになった。そこにロックダウンで、例えばパリでは大気汚染のレベルが下がった、温室効果ガスの排出量も下がった。環境負荷を減らすことの大事さが目に見えた」

新型コロナがさらに高めた環境意識

新型コロナがさらに高めた環境意識
フランス南部マルセーユに住むクレール・モーサンさん。フランス政府が国の温暖化対策に市民の声を取り入れようと立ち上げた会議のメンバーとして、去年の秋から議論に参加してきた。

会議は新型コロナウイルスの感染拡大で一時中断したが、4月にオンラインで再開。そこでモーサンさんは、メンバーたちがより早く、より強力な温暖化対策を求めるようになったと気がついたという。
クレール・モーサンさん
モーサンさん
「私たちはみなロックダウンによって家に閉じ込められた状態だった。その間に食の在り方や生活様式が変えられないか試したし、環境破壊のことやウイルスのこと、子どもやその未来のことを考える時間ができた。そうしたことが環境問題への意識を後押ししたのかもしれない」

日本では

グリーンリカバリーの考え方に賛同するモーサンさんだが、うまくいくのか半信半疑の人たちも、周りには少なくないと感じている。進め方をめぐってこれからも議論は続きそうだ。

日本ではどうだろうか。

専門家からは「市民や企業の意識は変わってきているが、どう具体的な政策にするのか。中長期的なビジョンが必要だ」との指摘も聞かれる。

未来に向けて各国が種をまき始めた、グリーンリカバリー。日本でのこれからの議論にも注目していきたい。
ヨーロッパ総局記者
小島晋
ブリュッセル支局長
工藤祥
国際部記者
田村銀河

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